~悲しき逃げ馬の苦悩~
一番人気で7着で敗れた、タップダンスシティーがレース後、左前足の負傷が判明した
29日以降放牧に出され、怪我の状態を見ながら日進牧場に移動するとの事。
気になる今後のローテーションは 『現役続行を含め、秋のローテーションについては未定。凱旋門賞には向かいません
栗東・佐々木晶師コメント
「自分のレースをして馬がやめてしまったんだから仕方ない。何年やってもつかみづらいところのある馬だね。 歳なのかな・・・・

私はタップダンスシティーの信者でもないし、事実、この馬を蹴飛ばした馬券ばかりを買いあさってきた。 しかし、この記事を見た時かなりの不快感を覚えた。

 タップダンスシティーのような逃げ馬の特性はレースの緩急で着順が大きく変わってくる。
同型馬の存在の有無が終いまでのスタミナと切れを左右するのは言うまでもない。
宝塚記念はコスモバルクという存在が一定の緩急ペースを崩し、息の入らない展開にしてしまった。 
 大外枠からのスタートも5Fまでのラップも去年と全く同じなのに6Fで先頭のコスモバルクが後ろからのストレスに我慢できないように一旦暴走気味に脚を伸ばした時、タップダンスシティーもそれを追いかけてしまった。 人気を背負った馬なら仕方もないとも思える。 それでも、そこから一旦息を入れてペースを作り直すにしても、後続馬はもっと楽なペースで追走してきているのであるから勝つために必要なアドバンテージを保つ事ができる可能性は極めて低い。

金鯱賞を勝った時 『歳を重ねる度に、状態はよくなってきている。 毛艶なんてピカピカしてる自分のレースが出来れば勝てます』 
とコメントをしてた師、自らレース結果によって、その見解をあっさり否定し引っ込めてしまう。 
こんなくだりを見ていると、どうしてもレースの見解、使い方を予定調和としか見ていないのではないかと疑いたくもなる。
そもそもタップダンスシティーは去年の有馬記念を最後に引退表明をしていた。 
それをあっさり撤回して、自らの判断で再び現役続行と凱旋門賞へチャレンジを表明した馬に対しての事であるから余計にその念は深くなる。

小説の一説の一節
『自分の人生を追い込み馬にダブらせる事はあっても逃げ馬にダブらせる人間は殆どいない。
追い込み馬のような人生は 『 いつか、追いついて、いつか追い抜いてやろう。 いか・・・ いつか・・・・・ いつか・・・・ いつか 』
追い込みの人生が実現するなら、非常に鮮やかで強烈なインパクトを周囲に浴びせる

それに対して、『逃げ馬』はいつも自分を律しながら寡黙に自分の道を自分で切り開きいて行かなければならない。 『追い込み馬』 の 『 いつか 』 はかなり猶予のあるものであるのに較べて逃げ馬はいつも、毎回後ろから来る見えない馬を警戒しながら全力を尽くして立ち回ることを宿命となる。
その戦い方は 『 追い込み馬 』 の戦い方と較べてもプレッシャーのかかる消耗戦の筈なのに 『追い込み馬』 のそれと比べ随分、地味に映ることが大半である。

結論としては、全力を尽くして他馬を掌握して完封する事で初めて勝利を掴み取る逃げ馬は、タップダンスシティーの様な 『 色々な逃げ方 』 が出来る馬をもってしても毎回、そのような完璧な競馬をする事は極めて難しいという事である。
であるからして、たった一回の敗戦で一旦、引退を覆してまで戦ってる管理馬の評価をころころ変える事に激しく不信感を抱かざる得ないと言う事である。

最近の競馬界はそれぞれの馬に適した舞台を模索して、国外のレースに数多くチャレンジするようになった。 コアな競馬ファンなら我らが大将が世界でどれだけ通用するんか見たい訳だし歓迎するき風潮であろう。 タップダンスシティーにも凱旋門賞にロブロィと共に是非とも挑戦して欲しかった。 (国内のレースが主役無き G1になることを割り引いても) しかしながら、海外のレースに出す以前の大前提で馬の特性をより広き眼で見抜lき、より広い見解(年齢とか状態とかだけでなく)で馬を育てて欲しいと強く感じると共に競争馬はどんな環境の元に生まれ、どんな人の元に育てられ、どんな騎手に出会うのかが運命を左右するのだと改めて感じました。
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by gaiya__SPW | 2005-06-28 21:14 | 競馬
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